特定電気通信と通信の秘密とはてなアイドルと

ちょっといろいろと思うところがあったので久しぶりにはてなで書いてみます。結構長文です。
タイトルはなんとなくホッテントリになりそうな感じにしてみましたがつまらない話題なのでホッテントリにならないと思います。

(追記: 07/10 02:23)結論だけ読みたい人は特定電気通信の通信の秘密に関するまとめ - へぼへぼプログラマ日記をみてください。

はてなネットアイドルの所作

先日、某はてなネットアイドルとして有名なid:dropdbさんがこんな記事を書いていました。

http://d.hatena.ne.jp/dropdb/20080708/1215451794

概略は誹謗中傷的な言論をコメントで書かれたid:dropdbさんがその発信者のIPアドレスを(日記管理者にはIPアドレスはてなから開示されているが不特定多数には開示されていない)不特定多数に開示したというところである。

はてぶでの流れ

nihen netwatch つ…通信の秘密って知ってますか?
はてなブックマーク - nihenのブックマーク / 2008年7月8日

とかいたところid:anigokaさんから以下のような返答をうけ

anigoka 生イクナイ, 先に出された まぁたぶんわかってておとぼけになってるんだろうけど単に中国串使ってるだけじゃねぇの?|↓第三者が閲覧できるコメントとかは通信の秘密に該当しないってのwあと「IPアドレスは個人情報」とか寝言は無しの方向で。
はてなブックマーク - anigokaのブックマーク / 2008年7月8日

さらに自分が

nihen id:anigoka ん、、というよりid:dropdbは通信事業者じゃないから通信の秘密を守る義務はないのか。。。な。。
はてなブックマーク - nihenのブックマーク / 2008年7月8日

と応答したというのが自分の中での流れ。

さて、ここでいろいろと疑問が湧き上がってきたのでいくつかの問題を提起したいと思います。

1. そもそもはてなは日記管理者にIPアドレスを開示してよいのか?

電気通信事業者」であるはてな*1には「通信の秘密」を侵してはならないことが電気通信事業法*2第四条に明確に定められています。

第四条  電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。

追記(07/09 05:12): これは「電気通信事業者侵してはならないではなくて「電気通信事業者の取扱中に係る通信」誰しも侵してはならないという意味です、、よね。ちょっと勘違いしてました。

さて、ここで問題になるのが「IPアドレス」は通信の秘密により保護されている情報なのか?というところですが、これに関してはIP25B問題の際に一応の決着をみているようで総務省発行のInbound Port 25 Blocking導入に関する法的な留意点(pdf)

「通信の秘密」とは、(1) 個別の通信に係る通信内容のほか、(2) 個別の通信に係る通信当事者の住所、氏名、発信場所等、通信日時等の構成要素を含む。
したがって、個別の電子メールに係る送信元IPアドレス・ポート番号も、個別の通信に係る経路情報であり、通信の構成要素として通信の秘密の保障を受ける。

さて、これをうけ、もうひとつ問題が上がってきます。
上記のIP25Bに関する通信と違い今回の日記にコメントをするというのは不特定多数に発信される「特定電気通信」であるということです。
根拠法が(自分が探した限りは)見当たらないにも関わらずネットの言論においては「特定電気通信」には「通信の秘密」は適用されないといったような見解が散見されるようです。
id:anigokaさんもここらへんを言っているのだと思うのですが、個人的にはさっぱり理解できません。
もちろん不特定多数に発信されることが「合意されている」発言内容部分には「通信の秘密」自体が成立していないと考えるべきですが、発信されることが「合意されていない」情報、すなわち発信者情報である送信元IPアドレスは当然「通信の秘密」の保障を受けると自分は考えています。ここらへんの反証等ありましたら提示していただければ幸いです。
もしかすると「特定電気通信」と「公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信」(いわゆる電波ね)を混同しているのかなぁとも思います。
個人的なこのことの根拠のひとつとしては「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(いわゆるプロバイダ責任制限法ね)」*3が「特定電気通信」の「通信の秘密」を解除する場合の違法性阻却事由を定めた法律という側面があると解釈するのが相当であるからです。

さて、上記のとおり「通信の秘密」であるべき日記のコメントの「送信元IPアドレス」を電気通信事業者であるはてなが日記管理者に開示するのは違法ではないか?という考えがわきあがります。しかし物事には例外というのがあるわけですね。いわゆる「違法性阻却事由」というやつです。それに関して考えてみましょう。

送信元IPアドレス開示の違法性阻却事由について

まず、「特定電気通信」について取り扱っている上記でもあげたプロバイダ責任制限法は権利侵害者からの発信者情報開示手続きに基づく発信者情報の開示の違法性阻却事由を定めているものなので、すべてのコメントのIPアドレスが自動的に開示されてしまう本件には該当しないことは明らかです。

そもそもIPパケットというのはは送信元から送信先までの間にいくつもルータを通っているのが普通ですが、ルータ間でその送信元IPアドレスを含むパケットの中身全部を渡す(通信の秘密の解除)ことはIP通信において必須の情報のため、目的達成のために必要かつ相当な行為であり「違法性阻却事由」が認められると考えられます。

しかし、送信先であった「はてな」から日記管理者に対しての送信元IPアドレスの開示はIP通信上の必要な行為ではなくそういった事由は認められないと考えるべきでしょう。

では、どういった事由が考えられるか?そもそもこの機能が付いた時のはてなからの公式発表は以下のようです。

「ゲスト」モードの際に嫌がらせなどが行われるケースが増加しております。

こうした状況に対応するため、ゲストがコメントを投稿した際には、コメント通知メール内にコメント者のIPアドレスを記載するよう変更するとともに、IPアドレスによるコメント拒否機能を追加しました。
ゲストコメント時のIPアドレス通知機能、およびIPアドレスによるコメント拒否機能について - はてなダイアリー日記

嫌がらせ(今回のfuck youもそれにあたるのですかねー)に日記管理者が自主的に対応するためにIPアドレスを開示するというところみたいです。
これが「違法性阻却事由」に相当するかどうかは正直自分は微妙だとは思いますが、認められる可能性も十分あるでしょう。はてなという会社としては理由を明確に示しており真摯な態度であることもhatena++でした。

自主的対応(特定IPアドレスからの送信防止措置)にIPアドレスを開示する必要性がシステム的に絶対ではないこと(コメントを特定して防止措置指定すればいけるよね)から認められない可能性もあるので個人的にはちょっと微妙だったりもします。

ちなみに上記の日記のコメント欄においてはIPアドレスが抜かれる(?)ことやIPアドレスが個人情報なのかについての若干の議論があったようですが(id:otsune氏もいますね)、そんなくだらないことより日記管理者に開示されることの「通信の秘密」について議論しろよ・・・という印象を受けました。(ちなみに「通信の秘密」と「個人情報保護」は直接的には関係ありません)

というわけで、ひとつめの疑問、「そもそもはてなは日記管理者にIPアドレスを開示してよいのか?」についての個人的結論は「嫌がらせに対する自主的対応という違法性阻却事由により通信の秘密侵害罪は成立しない可能性がある」といったところです。ここで重要なのはやはり「違法性阻却事由」があったというところです。ここは次の項目につながる重要な話です。テストにでますよ。

2. 日記管理者ははてなから開示された送信元IPアドレスを不特定多数に開示していいのか?

さて今日の本題です。このことに関する争点は
1. 日記管理者は「特定電気通信役務提供者」なのか?
2. IPアドレスの不特定多数開示に「違法性阻却事由」があるか?
といったところかと思われます。

日記管理者は「特定電気通信役務提供者」なのか?

総務省発行の特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の逐条解説の5頁に

具体的には、ウェブホスティング等を行ったり、第三者が自由に書き込みのできる電子掲示板を運用したりしている者であれば、電気通信事業法の規律の対象となる電気通信事業者だけでなく、例えば、企業、大学、地方公共団体や、電子掲示板を管理する個人等も特定電気通信役務提供者に該当しうるものである。

とあるように電子掲示板の管理者は該当するようです。もしかすると意見の分かれるところかもしれませんが第三者にコメントを書き込めるようにしている日記の管理者は「特定電気通信役務提供者」に該当するというのが自分の考えです。ちょっと自信がないので反証ありましたらおねがいします。

IPアドレスの不特定多数開示に「違法性阻却事由」があるか?

問題は「不特定多数」というところであり、その場合においての「違法性阻却事由」というのは「公共の利益に資する」ぐらいしか考えられないと思います。

で?

というわけで日記管理者が「特定電気通信役務提供者」であり「違法性阻却事由」が無いとすれば「通信の秘密侵害罪にあたる」というのが妥当と思うのですがどうでしょうか。というかむしろ、「特定電気通信役務提供者」であるかどうかは関係ないような気もしてきました。

あ、ちなみに今回の某ネットアイドルさんの件に「違法性阻却事由」があるかどうかの判断は保留しておきますw

あーつかれた。全体的に通信事業法とプロバイダ責任法の考えがごっちゃになっている部分があるかもなぁ。法律関係の仕事に従事しているわけでもなんでもないので間違いもありまくりだと思うので参考程度に見てやってください。あ、間違い指摘してくださる方は大歓迎です!

罰則

一応罰則がどういうものかも紹介しておきましょうかね。

第百七十九条  電気通信事業者の取扱中に係る通信(第百六十四条第二項に規定する通信を含む。)の秘密を侵した者は、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
2  電気通信事業に従事する者が前項の行為をしたときは、三年以下の懲役又は二百万円以下の罰金に処する。
3  前二項の未遂罪は、罰する。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S59/S59HO086.html

公共の利益に資するんだ!という相当な信念がない限りやれるもんじゃないなぁという感じですかね。
(追記: 07/09 09:16)

さて、はてぶでついているコメントにこちらで反応してみましょうか。

n-styles net blogコメント欄のIPをさらすと愉快なことになる実例→ http://n-styles.com/main/archives/2004/12/18-012345.php ところでIPアドレスが個人情報になるというよく分からない発想はどこで生まれたんだろ。
はてなブックマーク - n-stylesのブックマーク / 2008年7月9日

EUIPアドレスを個人情報とみているなんていう記事もありましたね。
Ad Innovator: EU 「IPアドレスは個人情報」
今回は通信の秘密の侵害について調べて書いたので個人情報保護の観点ではまったく調べていません。
そのうち暇があれば調べて書いてみます。

mitsuki_engawa netlife 意外と面白かった/通信の当事者の行為だから「通信の秘密」よりも「私信の公開」あたりが関係しそうな気がする。
http://b.hatena.ne.jp/mitsuki_engawa/20080709#bookmark-9232629

特定電気通信の通信の当事者は不特定多数が含まれているのではてなと日記管理者は通信経路でもあるのですよ。

dropdb id:mitsuki_engawa 私信の公開ではないねぇ。1対1ではないから。掲示板やウェブへの書き込みなどでは通信の内容自体を発信者の意思で公開しているんじゃね。
http://b.hatena.ne.jp/dropdb/20080709#bookmark-9232629

発信元IPアドレスを不特定多数に公開することは発信者の意思ではないですよね?

buru 「個人情報」や「秘密を保護されるべき通信」に類する情報と、そのメタ情報とを明確に分けるべきだよね。IPアドレスを、個人情報にも秘匿すべき通信内容とするのはまずいと思う。
http://b.hatena.ne.jp/buru/20080709#bookmark-9232629

IPアドレスどころかそもそも通信の有無も「通信の秘密」で保護される事項なんですが、、、。(特定電気通信に関しては有無は合意のもと公開されていると考えるべきですが)

kmachu この理屈だと、IPアドレスだけじゃなくてコメント本文も公開できないのでは? / 「個人間の通信」を「公権力」が「第三者」に漏らすケースには該当しないんじゃ?と思った
http://b.hatena.ne.jp/kmachu/20080709#bookmark-9232629

コメント本文は合意のもと公開されてるので問題なしですってば・・・。公権力が第三者に漏らすってのはおそらく憲法21条の話を言ってると思うのですが、自分が根拠法として提示しているのは電気通信事業法なのであしからず。これは公権力に限っていません。

(追記: 07/09 14:01)

はてぶで指摘されたのを受け違法性阻却事由を違法性棄却事由とかいてたのを直しました。うへぇ。恥ずかしい間違い。

(追記: 07/11 02:13)